Vol.36 先っちょだけでいいから…
男女のセックスにまつわる“いざこざ”の一つに「先っちょだけ」問題というのがあります。
たとえば、男性がまだ肉体関係にまでは到っていない女性を、少々強引めにラブホテルなどへと連れ込む際(あるいは、ラブホ内にまで連れ込めたはいいけど、女性がいきなり態度を豹変、硬化させた際)、まるで慣用句のごとく男性が“懇願”の意を込めて(時には土下座のポーズも添えて)口にする
「お願いっ! 先っちょだけでいいから…‼︎」
…ってやつですね。「先っちょ」とはもちろん「男性器の先端部分」のこと。つまり、正確には
「生殖行為が無理なら、せめてオレの男性器の先端部分だけでもアナタの女性器に挿入させてください」
…と、冷静に噛み砕けば、じつにシュールな要求を“低姿勢”な格好でしているわけですね。
当たり前の話、「このヒトにアタシのカラダをゆだねるのはチョット…」と逡巡する女性からすれば、理不尽な無茶振り以外の何物でもありません。だって、「躊躇してしまう」ってことは、その相手をどこか生理的なレベルで拒絶しているってことですから。いっぽうの男性側は、ジョークで場を和ませている…なんて余裕めいた呑気さはさらさらなく、真剣そのもの──まさに「必死のパッチ」状態なのです。
ここで、西加奈子という作家さんが書いた小説『ふくわらい』から、「先っちょだけ」問題にまつわるじつに本質を突いた記述があるので、その一部を引用してみましょう。主人公の「鳴城戸定(さだ)」という若い女性が、盲目のイタリアンハーフ・武智に口説かれているシーンであります。
定「先っちょだけ、とは、どういう意味ですか?」
武智「そのままです。先っちょだけでも入れたい。」
(同席している定の女友だちである)しずく「ちょっと!」
定「入れたい、とは、武智さんの性器を、私の性器に、ということですか。」
武智「そうです。胸の先っちょを触るだけでもいいんです。」
しずく「このやろう!」
定「それはどうしてですか?」
武智「本当は、全部入れたいです。だって僕は、定さんとセックスがしたいんだから。でも、定さんが、あのとき嫌だと言ったから。」
定「先っちょだったらいいと思うのですか。」
武智「はい。先っちょだけでも、僕は定さんに触れていたいんです。」
定「手や、頬ではなく?」
武智「手や頬だっていい。でも、どうしても性器や胸に触れたくなる。隠されているからなのか、よく言う本能なのか。とにかく僕は、定さんの性器とか、胸に触れたいんです、裸の定さんに。」
定「どうしてですか。」
武智「好きだからです。」
しずく「好きだったら我慢しろよ!」
武智「僕の我慢は、それが限界なんです。こんなに好きだから。」
しずく「鳴木戸さんのことが好きなら、待てるだろうよ!」
武智「待ちます。でも、待ちながら、僕は言い続けます。やりたい。先っちょだけ、それが叶ったら、全部。今は先っちょがすべてで、でもいつか、そのすべてが、もっと大きくなればいい。定さんのこと、待ちますよ。待ちます。でも、僕がこれだけ、定さんとセックスしたいということを、忘れないでほしいんです。僕が触れることが出来る、可能な限りすべての定さんを、僕は知りたい。」
いかがでしょう? ときに男性がなりふりかまわず提言する「先っちょだけでいいから!」には、こうしたド直球な溢れんばかりのパッションが込められていることだってある…のかもしれません。
前出した小説の抜粋内では終始攻撃的だった女友だちのしずくも、定と二人っきりになったときには、
「なんていうか、すごく、変な人。それしか思い浮かばない。でも…悔しいけど、私が今までつきあってきた男より、断然正直だと思いました」
…と、武智に対する率直な印象を語っています。
そして、相手に対して「正直である」ということは、たとえ一期一会を原則とする“ハプバー”においても決して例外ではなく、とても大切なことなのではないでしょうか。