Vol.608 【今年最後の私小説!】注文を間違えた町中華
とある昼下がり…
猛烈にチャーハンが食いたくなったので、
地元の駅前にある中華料理屋に入った。いかにも
「町中華」
…といった風情のオンボロなお店である。
メニューを見てみると…チャーハンは
「蟹炒飯」
…だけだった。
ぼくはカニとエビを食べたら蕁麻疹がでてしまう
甲殻類アレルギーなので、店員さんを呼んで
「カニチャーハンの
カニ抜きはできますか?」
…と、訊ねてみた。
すると…(町中華なのに?)白いYシャツに、
黒いチョッキと取ってつけたような
蝶ネクタイを身につけた、
「Mr.オクレ」
…の顔と動きをちょっぴり精悍にしたような
40代くらいの店員さんが、大きくうなずきながら…
ぼくの耳元に顔を近づけ、ささやいてきた。
「お客様は味が
おわかりな方のようですね。
そう。チャーハンは、
最低限の具だけで
つくられたものが
一番美味しいのです」
身体的な理由で
「カニが食べられないだけ」なんだがなあ…
とは思ったが、口にするのはやめておいた。
注文を取って、そそくさと厨房へと向かう
Mr.オクレ(似の店員さん)の後ろ姿は、
味にうるさい客のリクエストにお応えできる喜びで
揚々としているようにも、見えなくはない。
「余計なことを
言わなくて良かった…」
…と、ぼくは軽く苦笑する。
出されたチャーハンは…
卵とレタス…あと、ハムの細切れみたいなもの
…だけでつくられたシンプルなものだった。
適量にまぶされている卵の黄色と
レタスの黄緑色と
ハムの細切れみたいなもののワインレッド──
そして胡椒の黒い斑点が食欲をそそる。
さあ食べようか、と細長い楕円形の皿に盛られた
町中華にはそぐわない上品なチャーハンの山を、
陶器でできたレンゲで崩しかけたとき…
またMr.オクレ(似の店員さん)が、
ぼくのところにやってきた。
「おまたせしました。
北京ダックでございます」
差し出された、直径1メートル近くある
巨大な銀の円形皿には、
調理された食用のアヒルが
まるごと一匹乗っていた。
「これ…
ぼくのじゃないですよ」
…半笑いと半泣きが混ざったアンニュイな表情で、
ぼくは店側のミスを指摘する。
「おかしいですね。
たしかにご注文を
いただいた気が
するのですが…」
Mr.オクレ(似の店員さん)は、
たいして困った様子でもなく、
人差し指を顎の下に当てながら黒目を右上に寄せた、
芝居じみたポーズでつぶやいている。
「だって、
北京ダックなんてものが
メニューにあること自体、
知りませんでしたから」
ぼくは少々ムキになって、反論する。
「そうですか、わかりました。
では、幸いお客様は
お味のわかる方のようなので、
お代はけっこうです。
こちらは特別に
サービスいたしましょう。
この北京ダックは
当店の自慢の品なのです」
「北京ダックって
そんなに早く調理
できるのか!?」
「どんだけ莫大な
損害なんだ!」
…などと、内心ではそんな素朴な疑問と、
お店に対する心配をよぎらせながら、
「これは皮だけを
食べるのでしたっけ?
僕は北京ダックの食べ方が
よくわからないのです」
とりあえず、ぼくはそう尋ねてみる。
「いや。私どもの北京ダックは、
パリパリの皮だけではなく、
ジューシーな肉の部分も
すべて美味しいのです」
…と、Mr.オクレ(似の店員さん)が、
50センチはある銀の菜箸で
複雑に入り組む肉の部分を器用にまさぐっていくと…
中から赤ん坊用のおしゃぶりに似たかたちの、
透明のチョコレート色の物体が現れた。
どういう演出なんだろう!?
「秘伝のタレです。
これを肉の温度で
じっくり溶かしながら、
丁寧にからめていくのです」
こう説明してから、今度は銀の菜箸を
両手一本ずつに持ち替え、
「エルビンジョーンズ」
…よろしくの、まるでジャズドラムの
ブラシング奏法のような、
熟れた手つきでタレを肉に馴染ませる。
「さあ。あえて、
タレをからめない部分も
残しておきましたので、
時には肉本来の味も
お楽しみください」
…肉好きの核心をくすぐる細やかな心配りだが、
それでもぼくはこう言わずにいられない…。
「こんなの…
一人じゃ
食べられないよー!」
Mr.オクレ(似の店員さん)が、
「やはり、無理ですか…」
…と、下唇を突き出しながら、肩をすくめる。
「やはり〜」
…って言うくらいなら、
「最初から
注文間違えるなよ!」
…と、思わず口から出かかったが…
やはり、やめておいた。
Mr.オクレ(似の店員さん)は相変わらず
まったく動じていない様子で…
しかも、こんな提案までしてくる。
「いかがなものでしょう。
おとなりの席の貴婦人お二人と
ご一緒にお食べに
なるというのは?
中華料理は
会話も味のひとつ…
などとよく言いますし」
「き、き、きふじん?」
…というところで目が覚めた。
二人の貴婦人たちがどんな容姿だったのかを
なぜもっと早くチェックしなかったのか、
…夢の中を激しく後悔した。
以上、今年最後のコラムは
“ハプバー”にはちっとも関係がない、
ホンの一部のマニアだけに好評な
「夢日記シリーズ」
…で〆てみました。
“ハプバー”ファンの皆さま…
今年も大変お世話になりました!
来年もまた『アグリーアブル』共々、
このGジィさんのことも
よろしくお願いいたしますm(__)m