Vol.576 注文の多いAV女優
切なくて…けれど、ちょっとホラーなGジィさんのむかしむかしの淡い恋物語──小説風に仕立て上げてみました。
つまらない話だけど…聞く?
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あれはぼくがまだ、出版会社の編集業務にどっぷり浸かっているころだった。ある男性用総合情報誌で、AV女優をモデルに使う
グラビア仕事が回ってきた。
ロケバスを雇う予算がなかったため、カメラマンのワゴン車とぼくのツーシーターのポルシェにスタッフとモデルが分乗し、
千葉あたりの海岸で
「手ブラ(=手のブラジャー)」
…のセミヌードを撮影する──たしかそんな感じの仕事で
あった…と記憶する。
カラみがあるわけではない、乳首やアンダーヘアを
晒すわけでもない…AV女優を起用するわりには明らかに
「ヌルい」
…の部類に組みする依頼だったのではなかろうか。
AV女優サイドからすれば、
「たったコレだけで
お金もらえんだー!」
…と、内心ほくそ笑みたくなる
「ラッキー!」な現場だったに違いない。
そして、マネージャーもつかず独りぼっちで待ち合わせ場所の
渋谷駅ハチ公前にやって来て、
「お願いしま〜す!」
…と、カメラマンのワゴン車に便乗したそのAV女優は、
やたらと注文が多かった。
正確に言えば、注文の内容は一種類だけだったのだが、
その回数があまりに頻繁すぎたのだ。
目的地に到着し、ワゴン車内でメイクに入った途端、いきなり彼女は
一番ヒマそうにしていたぼく(※撮影現場では編集者は案外やることがないのだ)に向かって、こう注文する。
「ビール買ってきてー!」
「彼女ならではの景気づけ的な儀式のようなものなのか…」と思ったぼくは、海岸沿いにあるコンビニまでポルシェを飛ばして
缶ビールを一本、買ってきた。
「ビール買ってきて〜!」
その一本をあっという間に飲み干したそのAV嬢の
同じ注文は、さっきより心もち甘え声だった。
「景気づけには二本必要なのか…」と自分に思い聞かせ、
ふたたび海岸沿いにあるコンビニまで、
ポルシェを飛ばして買いに行く。
「どうせなら
五本くらい
買っていこうか…」
…とも考えたが、クーラーボックスがないので…
あと「景気づけなら二本も飲みゃ充分だろう」と考え直したすえ、
結局は一本だけ買って、現場に戻る。
「ビール買ってきて〜!」
買ってきたもう一本をやはりあっという間に飲み干し、
そのAV女優はまた同じ注文を繰り返す。
さすがに不穏な空気がスタッフ全員にただよいはじめる。露骨なまでに困惑や怒りの表情をあらわにする者も、なかにはいた。
とは言え、ここで機嫌を損ねられ撮影を飛ばしてしまう
のも、それはそれで面倒なので、
「ここは我慢すべきではないか」
…と編集担当として判断したぼくは、
「まあまあ…」
…とスタッフたちをなだめながら、みたび海岸沿いにある
コンビニへと向かう。
今度は念のため、五本のロング缶を買い物かごに入れ、
1万円札とともにレジに差し出し、
お釣りと領収書をもらう。
撮影がワンカット終わるごとにロング缶の栓をプシッと開ける
彼女を見ながら、
「撮影中に
そんな飲んで
大丈夫なのか!?」
…と、単純にぼくは心配になる。
だが驚くべきことに、そのAV女優は飲めば飲むほどしゃきんと
なり、メリハリ良く肢体をくねらせ、肌を仄かなピンク色に染めて…目つきに尋常じゃない妖艶さが宿るのだ。
そこからの撮影はとんとん拍子に進み、
午後過ぎには滞りなく終了する。
スタッフたちは、これまでのそのAV女優のあまりに
破天荒な振る舞いが不気味だったのか、
帰りは(押し付けられるように)ぼくのポルシェで、
彼女を送り届けることになった。
助手席にそのAV女優を乗せ、ぼくは次の約束があったので、その待ち合わせ場所にもっとも近かった原宿駅で、出発と同時に眠りに落ちていた彼女を「着いたよ」と起こす。
「今日はありがとー
ございました〜!」
ポルシェから降りて屈託のない笑顔で手を振る彼女が、ぼくを見送ったあと直行したのは駅前の『吉野家』だった…のをバックミラーで確認できた。思わず目を疑う。
「なんで牛丼?」
「お腹減ってたの?」
「言ってくれりゃ
もっとマシなもん
(経費で)食わせて
あげるのに…」
急いでポルシェを路上駐車場に止め、そのAV女優のあとを追い、ぼくも『吉野家』に入る。
「仕事終わったから
ご褒美の一杯…
なんですよー」
…ビールをコップに注ぎながらぼくに気づいた彼女は、
バツの悪い様子も見せず、こう親しげに話しかけてくる。つまみは牛皿に山盛りの紅しょうがだった。
「もしかしてこの彼女は
さっきビールを飲み過ぎて
さっきビールを飲んだことを
忘れてしまっている
…のではないか?」
「それじゃまるでコントだろ!」
…と、内心で毒づきつつも、
ぼくはそのAV女優の奔放極まりない性格と行動に…
心を惹かれはじめていた。
(次回に続く)
※この物語の当時は「セクシー女優」という呼び名がまだなかったため、文中ではすべて「AV女優」に統一しています。