Vol.27 「真の傑作」と呼べるセルフポートレートについて – ハプバー(ハプニングバー)  agreeable アグリーアブル

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Vol.27 「真の傑作」と呼べるセルフポートレートについて

“ハプバー”内では、自分のスマホに詰まっている自撮り写真を見せ合ったり、おたがいの写真を撮影し合ったりする機会はあまりないのかもしれませんが、カメラマン次第で「イケてるセルフポートレイト・ダメなセルフポートレイト」という作品の良し悪しがずいぶんと変わってくるのは、まぎれもない事実です。かなり前の話ですが、写真家の蜷川実花さんがなにかのインタビューで、カメラマンと被写体(人物)の関係について、こんなことを語っておりました。

 

「“撮りたくない人”っていうのはいないんですけど、“どうしても合わない人”っていうのは、やっぱり何年に一人はいますね。(中略)私は言葉でのせるとかあんまりやらないので、信頼関係ができていないといい写真ができない。私がどう思っているか、写る方がどう思ってくれるかが、すごく(写真に)反映されるんです。だから、どうしても合わない人はたまにいる」

 

双方のあいだに生じる「合うor合わない」的な“相性”ってヤツは、蜷川さんがおっしゃるとおり、たしかにあります。

 

たとえば、ぼくが懇意にしている、とある女性は、ぼくがキメ顔をキメた瞬間から半拍置いたタイミング、つまり「すっと気を抜いたスキ」にシャッターを切っちゃう。したがって、上がってきた写真は「ぼくが一番他人に見せたくない表情」ばかりで、どれもこれもが正直「カッコイイとイメージしている自分自身」とはほど遠いショットばかり…。では、はたしてその彼女(=カメラマン)とぼく(=被写体)は「相性が悪い」ってことになるのでしょうか?

 

悲しいことに(?)、第三者から言わせると、彼女が撮った“ぼく”は「あ~! 超ぽいぽいっ!!」と大好評──いわゆる、まごうことなき“等身大”なわけなのです。

 

被写体の“嫌な部分”を引き出すのは、類い希なる“才能”であり、その才能は「被写体に対する“悪意”という名の愛情の裏返し」だとぼくは、だんだんと思えるようになりました。いずれにせよ「インスタ映え」に続く「インスタ萎え」なるダメダメ写真も横行しつつある気配のただよう昨今、キメ写真だけではなく、こういうダメダメ写真を得意技とするカメラマンを有しておくことは、素人玄人を問わず、大きなアドバンテージとなるのかもしれません。

 

そして、そういうパートナーは「写真」だけではなく「会話」「趣味」「嗜好」「習慣」…ひいては「セックス」の分野でも、これまでは潜在化に眠っていた新たなる“自分”を引き出してくれるのではないでしょうか?