Vol.248 「純愛の不倫」という矛盾 – ハプバー(ハプニングバー)  agreeable アグリーアブル

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ColumnGジィさんの独り言
 

Vol.248 「純愛の不倫」という矛盾

ぼくがわりと信頼を置いている、とある女性向け情報サイトが、

 

「純愛の不倫は存在するのか?」

 

…について考察する主旨の記事を配信しておりました。

 

有象無象の恋愛系メディアが打ち出すハウツーの隙間を突いた着眼の、なかなかに意興味深いテーマであります。

 

ちなみに、今回アップされていた記事は、かいつまめば

 

「不倫には純愛はない」

 

…と、断言的に結論づけており、その理由として

 

(1)人に言えない

(2)そもそも配偶者がいる

(3)見返りを求めている

(4)体の関係がある

(5)相手より自分の気持ちを優先する

 

…の5つを挙げ、「私たちの不倫は他の人たちの不倫とは違う」

「出会う順番が早かったら」…などと自身の不倫だけを「純愛」

だと激しく見なし、底なしの沼で藻掻(もが)くカップルに対し、

警鐘を鳴らす流れでした。

 

たしかに、これはこれでじつに鋭い指摘だと言えます。だがしかし! 同記事にいたっては、タイトルを見てイメージした内容と

少々違っていたのです。

 

そもそも「純愛」とは、一体どんなたぐいの「愛」のことを指すのか??? ウィキペディアには

 

邪心のない、ひたむきな愛。定義としては「その人のためなら自分の命を犠牲にしてもかまわないというような愛」「肉体関係を伴わない愛」「見返りを求めない愛(無償の愛)」などがある。

 

…とあります。そして、世間一般の大半的な解釈としては「肉体関係を伴わない愛」、すなわち「プラトニック・ラブ」こそが「純愛」のマストとなっているのではないでしょうか? つまり、ぼくは

 

「肉体関係を伴わない不倫」

 

…の是非を問う内容の記事だとばかり、てっきり思い込んでいたのです。

 

どちらかに、もしくはおたがいに配偶者がいる男女が恋に落ちる可能性はもちろんのこと、充分にあり得ます。また、その二人が双方の恋愛感情を狂おしいほどに認識しつつも、そのどうにもならない現実を鑑みておたがい、あるいはどちらか片方が「一線を超える」

ことに躊躇し、結果としてたまに食事をしたり飲みに行ったりするだけのプラトニックな関係にとどまっている……というケースもあり得なくはありません。

 

これを「エッチはしてないからセーフ(=浮気じゃない)」とするのか「エッチはしていなくても心は奪われているのだからアウト(=完ペキに浮気)」とするのかは、相当にデリケイトな境界ではあるものの、「肉体関係」という絶対的な浮気の証拠となる段階には到っていないため、少なくとも外面(そとづら)のみをなぞれば

 

「純愛の不倫は成立する!」

 

…との理屈を強引に押しとおすこともできなくはない。

 

ただ、こいつに

 

「じゃあ、キスや

手をつなぐのはアリなのか?」

 

…というグレーゾーンを加えると、話はいっそうややこしくなってきます。Gジィさん個人としては、やはりソレは

 

「プラトニックじゃない!」

 

…と考えます。以上を踏まえ、

 

「どちらかに、もしくはおたがいに

配偶者がいる男女が

粘膜の交換をしない恋愛関係」

 

…だけを、ぼくは「純愛の不倫」だと認定いたしましょう。したがって、ここ“ハプバー”に足繁く通う既婚者の皆さまは、

 

「ほぼ全員アウト!?」

 

…ってことになるんですかね(笑)?