Vol.314 ベストヒットUSA〜♪ – ハプバー(ハプニングバー)  agreeable アグリーアブル

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予告
 

Vol.314 ベストヒットUSA〜♪

今日もまた、Gジィさんが昔を懐かしむ、

ノスタルジックネタをひとつ!

 

10~20代で1980年を迎えた若者の

 

「カッコイイ」

 

…は、すべてが洋モノ――より狭義には「アメリカ」

だったといっても過言ではありません。

 

また、そんな風潮をもっとも顕著なかたちで象徴していたのが音楽であり、その媒介役とも呼べる伝説のミュージックビデオ番組こそ、ほかでもない

 

『ベストヒットUSA』

 

…でありました。

 

スタートは1981年の4月。何度か放送時間や放送局を変え、現在でもBS朝日でオンエアされています。

 

VJ(司会)は、初回からずーっと、あの小林克也さん。

「あの〜」とは言っても、20〜30代の若い読者の皆さまは

 

「はあ?」

 

…って感じでしょうけど(笑)。ちなみに愛称は「KORBY」、自称は

 

「ミスター音楽」

 

…であります!

 

アメリカで人気のポップスやロックにスポットをあて、

最新のヒットチャートや注目の曲を、プロモーションビデオを交えて紹介し、深夜の時間帯にもかかわらず、高い視聴率をはじき出していた…のだそう。  

 

「お茶の間で

海外アーティストが動く姿」

 

…をじっくりと鑑賞できる、当時では画期的な試みで、これをきっかけに洋楽ファンに転向した若者も数知れずだった…はず? 

 

1980年代初頭に田中康夫さんのデビュー小説

 

『なんとなく、クリスタル』

 

…がミリオンセラーとなり、そのカタカナ崇拝の影響もあって、当時はまだ根強い支持を受けていた演歌やフォークの世界観、極論すれば「日本語の歌詞」自体が全否定されはじめていた時代──アメリカから降りてくる洋楽は、まさに即席で

「カッコイイ」を演出できる格好のツールでした。

 

ただでさえ語学習得能力が低いとされている日本人が30年前、

「英語」に抱いていたコンプレックスと憧憬の念も半端じゃありませんでした。  

 

もちろん、「洋楽のカッコイイ」に取り憑かれていたのは買い手側、リスナーだけじゃない。売り手側も同様です。レコード会社はアメリカの音源を、右から左へと並行輸入するのに大わらわ。国内のアーティストは歌詞中の横文字比率を増やしていったり、松任谷由実さんや山下達郎さんに倣って

歌詞を視覚化し、

 

「必要以上の意味を

含ませない工夫」

 

…をしたり、あるいはYMOのように、

いっそインストゥルメンタルとしてバッサリと楽曲から歌詞を省いてみたり…と、さまざまな試行錯誤を重ねつつ、

 

「邦楽の洋楽化」

 

…を志していきました。

 

そうやって、需給双方の耳もやがてじわじわとアメリカナイズされ、

アダルトでオリエンテッド(=志向)なロック、略して

 

「AOR」

 

…が、大人の階段をのぼっている真っ最中の世代を直撃し、爆発的な大流行へと至ったわけです。

 

誰も彼もがスティーリー・ダン、またはその片割れであるドナルド・フェイゲンの、じつは難解な隠し味が随所に散りばめられているコンポジットをBGMのように聴き流し、グローバー・ワシントンJrの甘いテナーサックスの音色に酔い、〆はボズ・スキャッグスのバラード

 

『ウィ・アー・オール・アローン』

 

…の徐々に感極まっていくノドに涙する…みたいに

スノビッシュな夜を恋人と過ごすことを恥ずかしげもなく実践、ないしは妄想してやまない、ある意味、長閑(のどか)でわかりやすい時代でありました。

 

そして、バブル前夜の男たち

 

「いかなるタイミングと順序で、

渾身の選曲をムーディーに

女子へと提供できるか」

 

…のプレゼン力と編集能力を問われ、それが確実に

「モテ」の勝敗を左右する一つの鍵となり、

そのカンニングペーパー的な拠り所だったのが、言わずもがな『ベストヒットUSA』だったのです。

 

さて! そして現在──「音楽」はもはや多様化しすぎたのか、それとも若い世代を中心に関心が薄れてきているのか…そのどちらもなのか、話題のネタとしてはイマイチヒキが弱いジャンル

なりつつあります。なので、ここ“ハプバー”で会話に詰まった際でも、音楽について熱く語るのは、単なるオタクと見做される危険性も高いので、

 

やめておいたほうが無難

 

…かと思われます。

 

歌舞伎町の美味しいラーメン屋

 

…とかでいいんじゃないですか(笑)?